ナイトフィーバーは松山で

1978年(昭和53年)、ジョン・トラボルタ主演の映画 「サタデー・ナイト・フィーバー」が日本公開されて大ヒットすると土曜ともなると、多くの若者がディスコに繰り出していました。
ディスコとは、音楽を流し、アルコールを含む飲料を提供し、客にダンスをさせる店舗ですが、時には生バンドが演奏する場合もあるが、ほとんどの場合はレコードを使います。
そのレコードの選曲や曲紹介を行うのがDJの役割になり、お客を盛り上げる為にはDJの存在は重要である。
現在のクラブ音楽でディスコと言う場合は、かつてニューヨークに存在した伝説的なゲイ・ディスコ、パラダイス・ガレージ、ギャラリーなどでプレイされていた様々なジャンルの音楽で、またそれらのディスコでのDJの特異なスタイルを指し、現在でも様々なスタイルに変化しつつ、いまだに進化を続けている存在であり、現在ガラージュと呼ばれる音楽の元となったものである。
日本へと輸入されたディスコとはこのディスコ・ブームの時の白人大衆向けにコマーシャル化されたものであり、ゲイや黒人音楽の要素は非常に薄いものだったようです。
このため日本ではディスコという言葉はかつての風俗としてのディスコと、現在のクラブ音楽の源流としてのディスコの二つの意味が存在しています。
しかし現在の日本では風営法の影響からクラブという名称に変わり、一般的にディスコと言った場合、過去に存在していた飲食店の形態や風俗を指します。
ブーム最盛期では、店舗もかなりの数がありましたが、クラブに変わってからは、ディスコの様な巨大ブームになる事はないようです。
松山市にも、何店舗か存在します。
音楽に体を合わせて踊り、多少のアルコールが入る事でストレス解消にな最適なのではないでしょうか。
近年では、ディスコ自体死語になっていますが、一部のディスコは、団塊の世代の憩いの場としてその方向性を模索してきたオールディーズライブハウスと融合し、懐古的な社会、文化潮流を興隆しつつあるようです。
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